専門医によるチーム医療、補綴専門医の存在意義、インターディシプリナリーアプローチとは何か。

3年目、火曜日は毎週補綴科ChairによるTreatment planning seminarとDr. Chuによるレクチャーが隔週で行われる。

2ヶ月前、7月の学会で講演していたDr.Chuによるスマイルデザインに関する講義。Dr.Chuはペンシルバニア大学の歯学部を卒業後、ワシントン大学歯学部の補綴科大学院を修了し、現在、Dr. Tarnowと共にマンハッタンにて専門医による、インターディシプリナリートリートメントを実践している補綴、審美歯科の世界ではトップレベルの補綴専門医の一人である。


今回のテーマは、審美における歯と歯の関係や、歯と歯肉の関係について。指定の論文が7本、半分はすでに読んだことがあったが、どれも読みやすく面白い。スマイルデザインに関する論文はもう50本以上読了しているが、また少し違ったアングルからのアプローチで新しい視点を得ることが出来て毎回知的好奇心を刺激される。こうした補綴、ペリオ、矯正科連携による包括的なケースをみると、日本に帰って臨床をするのが本当に楽しみになってくる。


講義で使用した論文の内容は以下の通りである。
・人種、年齢、男女間での歯肉の見える量の違い
・スマイルラインの評価方法に関するシステマティックレビュー
・スマイルライン、審美の評価方法
・笑った時の前歯と歯肉とリップラインの関係
・前歯のインプラント治療におけるスマイルラインの評価
・前歯部の審美ケースにおけるインターディシプリナリーアプローチ

スマイルデザイン。この分野の学術的な研究や、臨床の現場でのアセスメント、術者側のこだわりや患者の意識、要求度が日本と一番違う点ではないか、と個人的には感じている。日本では学問的な知識やデータの分析がなされていないからなのか、歯の見え方はゴールデンプロポーションを基準に、、が決まり文句のケースレポートが見受けられるが、臨床の現場における審美症例の醍醐味というその先にある。



ポーセレンの材質、歯肉、歯槽骨の質や量、歯の形態、色、それぞれの歯と歯、歯と歯肉と、口唇とスマイルラインの位置関係やマージンの位置やデザイン、噛み合わせや咬合高径、それぞれ理論がある。だが、最終的にスマイルデザインの良し悪しを決めるのは、それらをオーガナイズする歯科医師の経験や美的センス。そして歯周病専門医や矯正医との連携のもと、まさに各科の叡智を結集して治療が進められていく。そこがこの分野の奥深いところである。

では、その審美的なセンスを身につけるためには、磨くにはどうすれば良いのか?


正論すぎて恐縮だが、もし美しいスマイルライン、スマイルをデザインするスキルを身につけたいのならやはり総義歯から始めるのが基本だろう。まずは総義歯で自分が納得するまで人工歯の排列をしてみるとよいだろう。ぜひ試してみてほしい。最初は上手くいかないこと請け合いである。だが、綺麗に排列された入れ歯をセットした時の患者さんの幸せそうな姿は何物にも代え難い。きっと自分の臨床に自信と充実感をもたらしてくれるだろう。


日本にいた頃には想像出来ない程、すっかりこの審美歯科の分野に魅せられてしまい、今では前歯の審美修復に強いこだわりを持つようになった。日本との違いは、日本では、いわゆる「審美歯科」を名乗るGP(一般歯科医)の歯科医師や審美を得意とするスタディグループなどが個人の知識や経験をもとに持論を展開していて、それがあたかも「審美歯科」のすべてであるかのような雰囲気になってしまっている気がしているが、それは私のいた環境が偏っていたからであろうか。


アメリカでもおそらくGPの世界では同じことだろう。ただ違うのは、「審美歯科」は「補綴学」の中での一要素という位置づけである。GPや審美歯科医を標榜する方からはお叱りをうけるかもしれないが、少なくてもアメリカの「補綴専門医」の世界ではそういうことになっている。


アメリカには厳格な専門医制度というものが存在していて、歯内、矯正、歯周、補綴の包括的な治療が必要な患者には、こうした専門医が明確なコンセプトに基づいて診療にあたっている。そして、患者も自身の口腔内の状況をよく理解し、自分で調べられるだけ調べたり人伝いにそうした専門医がグループになって診療しているクリニックを好んで受診する。また、GPもほとんどは自身で対応するであろうが、自分の手に追えないような複雑なケースは、訴訟リスクを考え、専門医に紹介する。


アメリカの歯科専門医グループによるインターディシプリナリーアプローチ。その前提となるのは、厳密な診査に立脚した各専門医の診断力である。それはシステマティックな専門医教育に裏打ちされた知識と経験を統合した歯科治療。専門領域を隅々まで網羅した科学論文を読み込むことによってなされる知識の体系化と、実際クリニックでファカルティとの、一対一の徒弟関係からもたらされる臨床の現場における「知恵」の蓄積がその土台となっている。


その中でも補綴専門医は、ひとりひとり異なる歯や歯周組織、歯並びをもつ患者にあった治療オプションを考え、他科専門医の意見も考慮し、治療方法の優先順位を示し、経済的事情や時間的制約を勘案の上、治療方法を最終決定する。全体の治療方針を決めるコーディネイターのような役割を担う。



治療は当然、インプラントありき、ジルコニアありき、といった材料の善し悪しで決まるものではない。あくまでその患者さんに最もふさわしい治療方法は何か、というスタンスである。だから当然、総入れ歯も部分入れ歯も、ブリッジも治療オプションに含まれる。つまり様々な治療技術を身につけることで得られる治療オプション、選択肢がいくつもあり、著しく治療が偏ってしまうことはない。それがアメリカの歯科専門医制度おいて他科の専門医からの尊敬を集め、補綴専門医としての存在感を際立たせている理由であろう。


ファカルティと治療計画について議論するレジデント